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判決文

判決文

平成23年特(わ)第2432号 大麻取締法違反被告事件

判 決

被告人
氏名  中山康直
本籍  東京都大島町波浮港17番地
住所  東京都大島町波浮港17番地
職業  会社役員
弁護人 (私選)丸井英弘(主任)森山大樹
検察官 佐藤かよ

主 文

被告人を懲役1年に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
大麻を含有する乾燥植物片3袋及び2本(平成24年押第99号符号5ないし8)を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。

理 由

(犯罪事実)

被告人は、みだりに平成23年11月29日、東京都大島町波浮港17番地被告人方において大麻を含有する乾燥植物片約27.509グラム(平成24年押第99号符号ないし8は鑑定残量)を所持した。

(証拠)かっこ内の甲乙の番号は検察官請求証拠の番号を示す。
一 被告人の公判供述、第1回公判調書中の供述部分、検察事務官調書(乙2ないし4)
一 第2回公判調書中の証人高橋善一の供述部分
一 現行犯逮捕手続書(甲1)捜索差押調書(甲2)写真撮影報告書(甲3,4)
一 鑑定嘱託書謄本(甲14,16,18,20)鑑定書(甲15,17,19,21)
一 大麻を含有する乾燥植物片3袋及び2本(甲10ないし13、平成24年押第99号符号5ないし8)

(争点に対する判断)

1 主張の骨子

弁護人は本件公訴の棄却を求めるとともに、被告人の無罪を主張しているところ、その主張の骨子は次の通りである。

(1)本件公訴提起は公訴権の乱用にあたる上、訴因が不特定であるから本件公訴を棄却すべきである。

(2)甲10ないし13の各大麻草、甲15,17,19,21の各鑑定書をいずれも違法収集証拠として証拠排除すべきである。

(3)大麻取締法自体が違憲又は本件について被告人に同法24条の2第1項を適用するのは違憲であり、仮にそれらの違憲性がないとしても、被告人は同項に言う「みだりに」大麻を所持したものではない。そこで、以下それらの点について順次検討する。

2 公訴棄却に関する主張について

(1)弁護人は、①ねつ造された疎明資料によって捜索差押許可状が搾取されたこと、②被疑者名の特定をせずに捜索差押許可状が発布されたこと、③被告人に対する捜索差押許可状の提示に違法があったこと、④刑事訴訟法208条2項の『やむを得ない事由』がないのにそれがあるように装って勾留延長が請求されたこと、⑤操作担当検察官が一度も被告人を取り調べなかったことを理由として、本件公訴提起が公訴権の濫用になる旨主張する。
しかしながら検察官の公訴提起が公訴権の濫用となるのは、公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるところ、まず、上記①ないし③の点については後記3の通り、当該捜索差押えの手続きに上記の場合に該当するような違法があったとは言えない。また④の点については本件記録によると「鑑定未了」「携帯電話機の通話明細差押未了」「被疑者取り調べ未了」を理由として被告人の勾留期間を平成23年12月10日から同月20日まで延長する決定が同月9日行われているところ、上記決定は、その存在及び内容からして裁判官が一件記録に基づき「やむを得ない事由」があるものと適正に判断して発布したものと推定される上、甲15,17,19,21の各鑑定書の作成日付けがいずれも平成23年12月13日であり、それらが翌14日に渋谷警察署に送付され(受付印)、検察官事務取扱検察事務官の被告人に対する取り調べが同月16日に行われ(乙4)、本件公訴が同月20日に提起されていることからすれば、上記決定後に相応の捜査がおこなわれたことが窺われるのであって上記勾留期間延長の請求につき弁護人主張のような不正があったとは考えがたく、上記の場合に該当する違法があったとは到底言えない。さらに、⑤の点については、関係証拠によると、被告人の取り調べは検察官事務取扱検察事務官が行い、捜査担当検察官自身は行っていないことが認められるが、それ自体は同検察官の裁量の範囲内にある捜査方法と言え何らの違法も認められない。
したがって弁護人の上記主張はいずれも理由がない。

(2)弁護人は前記犯罪事実と同旨の公訴事実中に「みだりに」との文章がある点につき、いかなる場合が「みだりに」に該当するのかが明らかではなく、被告人の防御の対象が不明確であるから本件起訴状は無効である旨主張する。しかしながら大麻取締法24条の2第1項の「みだりに」とは同法の構成や同項の改正経緯からして社会通念上正当な理由があるとは認められないことをいい、具体的には日本国内の行為であれば日本の法律に違反することを意味することが明らかといえる上、弁護人自身、その解釈に沿って訴訟活動を行い、それを踏まえた弁論も行っているところである。したがって、弁護人の上記主張は採用できない。

(3)弁護人は、上記犯罪事実と同旨公訴事実中に「大麻を含有する乾燥植物片約27.509グラム」との文言がある点につき、その「大麻」が大麻取締法1条本文の「大麻草」を意味するのであれば、「乾燥植物片」の中に同法24条の2第1項の容体である「大麻」以外のものが含まれていることになり、被告人の防御の対象が不明確であるから本件起訴状は無効である旨主張する。しかしながら大麻取締法24条の2第1項の「大麻」とは同法1条ただし書により大麻草全てを意味するのではなく、それから大麻草の成熟した茎及び種子を除外した部分を意味すると解されるから全体として大麻草だけからなる乾燥植物片も「大麻を含有する乾燥植物片」と表現されることになるのであるし、本件事案に則してみれば「乾燥植物片」の中に大麻草以外のものが含まれていても含まれていなくても、被告人の防御に特段の支障をきたすことになるとは考えられない。したがって弁護人の上記主張は採用できない。

3 違法収集証拠に関する主張について

被告人が最初に捜索差押許可状を提示された状況につき、祖父江は「祖父江ら警察官がノックをせずに玄関ドアを開け『おはようございます』と言って入ったところ2階から被告人が顔を出して『何ですか』と言ったので『警察です。今はそこを動かないでくれ。とりあえずそっちに言って説明するから』と言って2階に上がり、被告人に捜索差押許可状を呈示した」旨供述するのに対し、被告人は「被告人が2階にいると警察官がいきなり2階に上がってきて『警察だ、動くな』などと言い被告人に捜索差押許可状を呈示した旨供述しており、祖父江と被告人の供述内容に食い違いがあるが、仮に被告人の供述する事実関係のほうが正確であったとしても、警察官が被告人の了承を得ずにいきなり2階に上がった措置は、本件捜索差押許可状の差押対象物件の破棄隠匿を防止し当該捜索差押えの実効性を確保するためにやむをえずおこなわれたものというべきであるから、その措置に違法があったとは言えない、

4 違憲性などに関する主張について

(1)大麻取締法自体の違憲性等について

ア 弁護人は、大麻取締法は社会的必要性がないのに占領米軍の占領政策として一方的に制定されたものであり、占領後の日本を石油繊維などの石油製品の市場とするため石油繊維と市場が競合する大麻繊維の原料となる大麻の栽培を規制したものであるから、憲法31条の適正手続条項に実質的に違反し、同法22条の職業選択の自由(なお弁護人は同法12条を提示するが同法22条の誤りと解する)や同法13条の幸福追求権に反する旨主張する。
しかしながら、社会的必要がないのに大麻取締法が制定されたとする弁護人の主張は実証的なものとはいえず、大麻の使用が運動機能、注視機能、注意力の低下、短期記憶障害、学習障害、呼吸機能、循環機能生殖機能の障害、パニック、不安、幻覚、妄想、錯乱等精神症状等といった人の心身に有害な薬理作用を及ぼしうることは明らかであるところ、国民の保健衛生上の危害防止のため同法において大麻の栽培、輸入、所持等を規制しその取扱者を免許制にするなどしていることは合理的かつ必要な措置といえるから、大麻取締法は憲法31条、22条、13条に反しない。

イ また、弁護人は大麻取締法は、①ポツダム宣言10項の「基本的人権の尊重が確立されるべし」に違反し、②1961年の麻薬に関する単一条約28条2項の「この条約はもっぱら産業上の目的(繊維及び種子に関する場合に限る)又は園芸上の目的のための大麻植物の栽培には適用しない」に違反し、③生物の多様性に関する条約の趣旨に反する旨主張するが、1)前記アのとおり大麻取締法の規制は国民の保健衛生上の危害防止のための合理的かつ必要な措置であり基本的人権を侵害するものではないこと、2)1961年の麻薬に関する単一条約28条2項は同条約による統制が除外される場合を定めているに過ぎず、我が国の大麻取締法の規制と齟齬するものではないと解されること、3)生物の多様性に関する条約が有害性のある植物の無制限な栽培までをも要請しているとは考えがたいことからすれば、弁護人の主張は採用できない。

ウ さらに弁護人は大麻取締法の保護法益が「国民の保健衛生」であるとしても大麻草には刑事罰をもって規制しなければならない有害性はないから大麻取締法は憲法13条、14条、19条、21条、25条、31条、36条に反する旨主張するが、前記アのような大麻の有害性からすれば、その栽培、輸入、所持等を刑罰をもって規制することが上記に憲法各条に反するとは到底いえない。この点、弁護人は、外国における非罰化の例を指摘するが、大麻に上記のような有害性がある以上、その栽培、輸入、所持等を刑罰をもって規制するか否かは各国の実情を踏まえた立法政策の問題と言うべきであるから、かかる非罰化の例は上記の判断を左右しない。

(2)大麻取締法を適用することの違憲性について

弁護人は、被告人が栽培して所持していた大麻草は貴重なCBDA株の種であり、これを必要最小限保存する行為に大麻取締法24条の2第1項を適用することは、被告人の将来の大麻産業の遂行という権利を制限することになり、憲法22条1項の職業遂行の自由に反する旨主張する。
しかしながら、仮に被告人が栽培して所持していた大麻草が貴重なものでありその保存をする必要があったとしても、被告人があえて法を犯してまでして自ら当該保存行為を行う必要があったとは考えがたくこれを大麻取締法所定の取り扱い資格を有する者に委託するなどの代替措置も十分に講じることができたはずであるから、同法24条の2第1項の規制が被告人の権利を制限するとは言えず弁護人の上記主張は採用できない。

(3)「みだりに」の該当性について

弁護人は、被告人において東日本大震災をきっかけとし、大麻草が放射能に対して非常に有効であるのではないかと考えて、産業用大麻であるCBDA株の種を増やすために本件大麻を栽培・所持したこと。CBDA株は陶酔作用のない大麻草であり、被告人が本件大麻を栽培所持したことは国民の保健衛生上の危険の防止とは無関係であることから、被告人が本件大麻を所持した事には社会通念上正当な理由があり、「みだりに」所持したことにはならない旨主張する。
しかし、被告人の動機の当否は措くとして、大麻の取扱資格を有しない被告人において、敢えて自らCBDA株の大麻を栽培・所持する必要があったと考えがたいことは前記(2)のとおりであるし、大麻取締法がその大麻が陶酔作用を有するか否かを問わず、取扱資格を有しない者の所持を一律に認めていないことは明らかであるから、弁護人の上記主張は採用できない。

5 結論

以上によれば、被告人には、判示の大麻所持罪が成立する。

(法令の適用)

罰 条   大麻取締法24条の2第1項
刑の執行猶予 警報25条1項
没 収  大麻取締法24条の5第1項本文

(量刑の理由)

本件犯行は、被告人が大麻を含有する乾燥植物片27,509グラムを自宅で所持したというものであり、非営利目的の大麻所持事案としては比較的所持量が多く「争点に対する判断」のとおり、CBDA株を保存するためであった旨説明するが、被告人が敢えて法を犯してまでして自ら当該保存行為を行う必要があったとは考えがたいことは上述のとおりであり、その経緯や動機に酌むべき点は乏しい。被告人は大麻所持によって平成8年に検挙された前歴があるにもかかわらず本件犯行に及んでいる上、本件大麻所持の正当性などを主張するなどしており反省の態度に乏しい。
したがって、被告人の刑事責任を軽く見ることはできない。
他方、被告人が本件犯罪事実に関する事実関係は素直に認めていること、上記の前歴はあるが前科はないことなど、被告人のために酌量すべき事情もある。
そこでこれらの事情を総合考慮して、被告人を主文の刑に処し、今回に限りその刑の執行を猶予することとした。

(求刑‐懲役1年)

平成25年4月24日

       東京地方裁判所刑事第10部
            裁判官  橋本健


※この判決文の原文の一部には、当裁判の被告人(中山康直氏)以外に、当裁判とは別の大麻取締法違反裁判の被告の氏名及び個人情報が記載されているため、その部分を削除して転載させていただきました。




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